ヒルベルという子がいた 

 

 ヒルベルはかわいそうな少年です。父親は不明で、母親にも見捨てられ、町外れの子供の施設に収容されているのです。原因不明の頭痛におそわれ、何がなんだか分からなくなってしまう。医者はみなヒルベルの病気は治らないだろうから、そのうち病院で暮らすほかなくなるだとう言うのです。
 ヒルベルというは仇名で、本名はカルロットーと言うのですが、この原因不明の頭痛のために、「脳に渦が巻いている」という意味でヒルベルと呼ばれているのです。洋服ダンスに閉じこもり、若いマイヤー先生におしっこをかけたパンツを投げつけるような子供です。
 また、ある時、遠足の途中で行方不明になり、一晩施設に戻らないこともありました。翌日、羊飼いのおじさんに抱かれて無事帰って来るのですが、羊飼いのおじさんの話ではヒルベルは羊の群れの中に入り込み、一晩羊たちと過ごしていたのいうのです。かんかんになって怒ろうとした時、「あのいたずら小僧ときたら、きれいな目でわしをじっと見つめて、『ライオン!ライオン!』(ヒルベルは羊をライオンと思い込んでいたのです)というじゃないか」というわけで、おじさんもヒルベルの心に感動して怒れなくなったというのです。
 

 

 施設の仲間に無視され、施設の管理人にはいじめられるヒルベルですが、彼には誰にも負けない才能がありました。それは歌の才能でした。教会のオルガン奏者の伴奏が自分の歌うメロディと違うので、とうとうオルガンの伴奏なしで歌うことになったヒルベルでしたが、その限りなく美しい声が聴衆を深く感動させてしまうのです。
 でも、ヒルベルの望みは声楽家になることではありませんでした。彼の望みは「ぼく、遠くへいきたい。遠くの遠くの、お日さまが作られる国へいきたいんだ。」でした。それに続く「そこで、お日さまを空に、はめこむから、明るくなるんだろう、ね」ということばが強く印象に残っています。
 また、ヒルベルは施設に毎日やってくる医者のカルロス先生が大好きで、自分を先生の養子にしてもらおうと、いろいろ努力をしてみるのですが、甲斐がなかったので、仮病を使うことにしました。でも、先生はヒルベルをあっさりと入院させようとしたので、病院に運ばれる担架から飛び降りて逃げ出してしまいます。彼にとっては病院よりも施設のほうがずっとましだったのですから・・
 その後もヒルベルは「お日さまが見たい、大地の果てで真っ赤に燃えるお日さまが見たい」と脱走をするのですが、結局、警察につかまってしまいます。施設に戻ったヒルベルにカルロス先生は入院をすすめるのです。入院が嫌だったヒルベルは地面に体を投げつけて泣きわめきます。それを知ってか知らずかカルロス先生は「ショックですよ。発作だ」といい、ヒルベルはとうとう病院に送られてしまうのです。
 作者のヘルトリングは訳者との対談の中で、「ファンタジーを損ない、夢をしめだすことなく」現実を子供たちに知らせることが必要だと語っているのですが、今の日本を見ていると現実逃避のためにファンタジーに走るか、夢まで捨てて現実の社会に埋没する子供たちが増えているような気がしてなりません。これも私たち大人の責任だと重く受け止める必要があるのではないでしょうか?

 

 

 

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