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脳 男 首藤瓜於(しゅとううりお) 

 

 「脳男」と聞いて、いったいどんな人間を思い浮かべるのでしょう?私は最初フランケンシュタインのような怪物をイメージしていたのですが、全くの見当違いでした。この小説は首藤瓜於(しゅとううりお)氏の第46回乱歩賞作品です。首藤瓜於というペンネームもかなり奇抜で、由来や意味などを色々と調べてみましたが、結局謎のままです・・・自分なりに「人間の感情と論理と意志」をテーマにした作品から実は『首頭』なのではなどと勝手な想像をめぐらせています・・・ただ瓜於というファーストネームの意味も考えると何かのアナグラムなのかもしれませんが・・・
 「彼は周囲のあらゆるデータを瞬時に取りこみ、記憶することができた。しかし、インプットされたデータは脈絡もなければ前後の区別さえもなく、索引も分類帰順もつけずに何万冊もの書物が放りこまれた巨大な図書館か、さもなければ途方もない演算能力を持っているにもかかわらず演算の目的がプログラムされていないコンピュータのように、頭脳のなかを膨大なデータが休みなくフローして行くだけで、それを一定の基準に基づいて分類し、行動に結びつけることができなかった。」という生まれながらにして脳に障害をもったひとりの男が爆破魔の共犯として逮捕され、病院で精神鑑定を受けることになるところからこの物語は展開して行く。

 精神鑑定を依頼されたアメリカ帰りの女医が、人並みの知性を持ち一見正常と見える会話をかわしながらも、感情を全く示さないこの男に対して疑問を抱き、彼の経歴を探って行く中で上記のような分析がなされることになります。
 物語はある社屋の落成式の爆破テロから始まり、脳男が鑑定入院している巨大病院内での爆破事件へと続いて行くのですが、爆破魔や爆破事件はあくまでも物語の複線でしかありません。この小説の本筋は「脳男」の謎を究明することに置かれています。乱歩賞応募作なので、それなりのトリックやどんでん返しの結末もありますが、この小説の最大の面白さは作者が著者の言葉にも書いているように「人間の感情と論理と意志」の関係を追及するところにあると思います。
 ブラックボックスとしての高性能コンピュータ、あるいはAIで、作者の言葉を借りると「彼はいわば脳だけの存在で、手足がないのも同然だったのだ。」巨大な知識のデータベースを持ちながら、自らの意志で行動をすることのできない人間。これが「脳男」の正体でした。 
 けれども、彼は言葉を自在にあやつるばかりではなく、並外れた体力を持ち、超人的な活躍をするのです。こうした男をSF的な方向に向かうことなく、ひとりの人間の中に生じる精神作用や葛藤、いいかえれば、自我や自己意識とは何かということを脳神経医学や精神医学といった観点から真摯に追求しようとする作者の姿勢に共感を覚えました。
 難解な医学的な解説も多いので、誰でも楽しめるという小説ではないかもしれませんが、脳科学の視点を切り口にしたミステリーが乱歩賞という権威ある賞を選考委員が全員一致で獲得したことは意味のあることだと思っています。
 また、首藤瓜於氏はCASA(現代美術新興協会)を主宰しているだけあって、人間の視覚(見ること)についても「大脳皮質の視覚野は網膜に映った光の位置をそのまま位置情報として処理するから、そこには情報の需要、言語情報への変換、分析という一連の過程が存在しない。(中略)そのため、見るという行為においては主体の認識が希薄になる。それに対し、「見る」以外のすべての経験はいったん言語野にとりこまれ、アナロジーとして表出されてはじめて意味情報となる。」という非情に興味深い記述をしています。映像を見ている時に前頭前野が活性化しない原因のひとつがここにあるのではないでしょうか?
 「感情」というものは人間にとってきわめて厄介なものなのですが、「感情」がないというのはもっと厄介なことなのかもしれません。そう考えると凶悪な犯罪者の多くが無表情なのも頷けます。「脳男」はそんなことを考えさせてくれる小説でした。

 

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