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医 龍(1)
 『医龍2』が10月にスタートした。正直あまり地上波TVは見ないので、昨年の『医龍』も全く知らなかった。本来医療ドラマが好きで『救命病棟24時』、『白い巨頭』や『Dr.コトー』などは全て見ていたのだが、昨年の『医龍』は見落としてしまった。
 幸い地元のTV局で『医龍2』のスタートに合わせ『医龍』の再放送があり、遅ればせながら見ることができた。感想は「感激!!」の一語に尽きた。これまでの日本の医療ドラマは『ER』などの影響か、どちらかというと人間ドラマという側面が強く、実際の手術シーンが少ないことに不満を憶えていた。デービット・E・ケリーの『シカゴ・ホープ』のような医療ドラマを望んでいた私にとって『医龍』はまさに待望の作品だった。
 『医龍』のテーマは「バチスタ手術」である。海堂尊氏の小説に『チームバチスタの栄光』という作品があるが、まだ読んではいない。『医龍』の原作は永井明氏原案、乃木坂太郎作画によりビッグコミックスペリオールにて連載開始された漫画ということだが、残念ながらこれも読んではいない。
 「バチスタ手術」という言葉はNHKの「プロジェクトX」を見て知っていた。日本初のバチスタ手術は1996年の12月2日に湘南鎌倉総合病院の心臓外科須磨久喜医師(当時46歳)によって執刀された。バチスタ手術そのものは成功したが、最初の患者は12日後の12月14日に肺炎のため亡くなっている。
 バチスタ手術とは拡張型心筋症の治療として1980年代にブラジルのバチスタ医師によって考案された術式で、拡張した部分の心筋を切除して心臓を元の大きさに形成する手術である。90年代にはアメリカなどでも試みられたが、心臓移植が主となったアメリカでは現在ほとんど行われていない。
 現在でこそトータルの1年後生存率は90%近くになっているが、1990年代は1年後生存率が60%程度でしかなかった。臓器移植が盛んな欧米に比べて日本では「脳死」を人の死と認めることに根強い反感もあり、生体肝移植や骨髄移植以外の臓器移植は大変に難しい状況にある。また医療保険が適用にならない移植手術には膨大な医療費の問題もある。1997年に臓器移植法が制定されたものの、脳死問題、医療費問題、さらには15歳以下の臓器提供を禁じているため乳幼児や子供の臓器移植は海外で行うしかないというのが日本の医療の現状だ。こうした状況を考慮すれば臓器移植をせずに拡張型心筋症の治療を可能にしたバチスタ手術は日本向きの術式といえる。しかもバチスタ手術は健康保険が適用されるため医療費の負担も少なくてすむことになる。
 ここまでが「バチスタ手術」の概略だが、『医龍』の魅力は何といっても手術シーンである。実際に拍動している(オンビート)心臓にメスを入れたり縫合したりというシーンは圧巻である。医療監修者がしっかりしていることもあるのだろうが、手術シーンが実にリアルである。『医龍』の医療監修には日本で始めてバチスタ手術を成功させた先の須磨久喜医師が加わっていたというのだから、それも当然かもしれない。
 さらに、これまでの医療ドラマにない点として、ME(臨床工学士)、機械出しの看護士や麻酔医にもスポットを当て、外科手術はチームで成り立っていることが実感できることにある。特に麻酔医ってこんなに重要な仕事をしているんだと痛感させられた。機械出しの看護士やME(臨床工学士)の活躍などこれまでの医療ドラマには見られない視点からドラマを楽しむことができるのではないだろうか?
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 『医龍』では『白い巨頭』のような医局問題も取上げられていたが、これはいささか時代錯誤に過ぎたようだ。医療監修者も口にしているように、ドラマの中で描かれている医局問題は昭和40年代の青医連運動により、今ではすっかり過去のものになっている。今では医局制度の崩壊により地方の医師不足の方が深刻な問題になっている。きびだんごが好きだといって岡山へ、きりたんぽが好きだといって秋田へ教授の一存で医局員を飛ばすことができなくなっているからである。さらに、大学の医局に残るより都市部の大病院に勤務する方が収入が良いため、医局に残る医師そのものが減少する傾向にさえある。『バカの壁』で有名な元東大医学部教授の養老猛氏があるエッセイの中で当時の年収が1千万円にも満たなかったと回述しているほどである。医師の質は別にしても、現在の大学病院は『白い巨頭』の時代とは全く異なった環境にあることは知っておかなければならない。
 ただ、今でも国立の大学病院は臨床よりも研究に重きを置く傾向が強く、患者を臨床実験に利用することはまだまだあることも否定はできない。勿論、患者の同意を得てのことではあるが…また、研究を主としている国立大学病院では医師の臨床経験が少なく、難しい手術などは私立の大学病院か専門病院の医師の方が遥かに腕がいいというケースも少なくない。難病・奇病であればともかく、一般的に症例の知られている病気の場合は臨床経験が豊富で実績のある病院を選ぶことが大切である。偏差値の高い大学病院の医者が必ずしも優秀な臨床医とは限らないことは肝に銘じて置くべきであろう。
 『医龍』を見ていて一番心にひっかかったのは看護士のグラフト採取のシーンである。第二助手の伊集院の手洗いと看護士ミキのグラフト採取のどちらを取るかと迫られれば、私なら手洗いをしないまま伊集院にグラフトを採取させることを選んだに違いない。現前とした医師法がある以上、いくらドラマとはいえ看護士にメスを握らせるのはやり過ぎではなかったか?世界的に見れば看護士が聴診器を持つことが許された国も少なくない。しかし、看護士にメスを握らせる国はさすがにないはずである。確かに感染防止という観点で執刀者の手洗いは大切である。しかし、あれほど緊急を要する状況なら、手洗い抜きでのグラフト採取は止む終えない措置と認められるはずである。現に朝田龍太郎は路上でナイフの熱消毒もせずに藤吉の開胸をしているのである。いくらドラマとはいえあまりにもリアリティを欠いてしまっては興ざめになる。
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 とはいえ手術シーンのスリルと迫力には舌を巻くことしきりである。医学監修者がしっかりしているせいか実にリアルである。また簡潔ではあるが医学用語の解説もあり、医療ドラマ好きには堪えられない。ただ、「シャント」であるとか「バーディーバー」であるとか調べなければならない用語も少なくないが、それもまた楽しみというものである。
 このドラマのもうひとつの楽しみが朝田のチーム作りである。『医龍』ではなんといっても麻酔医の荒瀬門司の獲得だった。『医龍2』では麻酔医の小高七海と消化器外科医松平光太郎がどうなるのかが今から楽しみだ。残念でならないのは『医龍』でせっかく教授になった加藤晶がいないことである。『医龍2』には原作がなく、すべてオリジナル脚本とのことだが、『医龍』で苦心惨憺の結果完成したチームドラゴンの第2の柱である加藤晶がいないのでは盛り上がりに欠けるのではないだろうか?あの霧島軍司でさえ再登場し朝田を助けるのだから…稲盛いずみが映画の撮影とバッティングしたこともあるのだろうが、なんとか1話でもいいから加藤晶教授の登場を心から願って止まない。
 ちなみに『医龍2』の第4話で登場した恩田代議士の娘緒方美羽の病気マルファン症候群 (MFS) とは、常染色体優性遺伝の形式をとる細胞間接着因子(フィブリリンと弾性線維)の先天異常症による結合組織病(遺伝障害、遺伝病)である。マルファン症候群は皆、同じ欠陥遺伝子を持っているという点で「可変的な表現」で遺伝病であり、細胞外基質の異常から結合組織が脆弱となり細胞に弾力性を減少させ大動脈や網膜、硬膜、骨の形成等に異常をもたらす。
 美羽の場合は大動脈異常である。大動脈は内膜、中膜、外膜の3層構造になっており、マルファン症候群は先天的に中膜が脆弱であるため、中膜にある結合組織が上手く機能せず袋状に壊死を起こしやすくなる。これを嚢胞性中膜壊死と言う。嚢疱性中膜壊死になって脆弱化した上行大動脈の基部の動脈壁は血行力学的な負荷を受けて大動脈弁輪が引っ張られ、内腔が大動脈弁を囲む輪が広がってしまう(美羽の場合55mm)。これを大動脈弁輪拡張症(AAE)と言う。つまり大動脈起始部分(大動脈が大動脈弁につながる領域)が拡張する。大動脈弁を構成する3つの弁が弱くなって、上手く結合しなくなるなど、大動脈弁がきちんとしまらなくなる。これを大動脈弁閉鎖不全症(AI)と言い、大動脈閉鎖不全症になると拡張期に大動脈から心臓へ血液が逆流してしまう大動脈弁逆流症(AR)と言う。美羽はマルファン症候群のため大動脈弁輪拡張症(AAE)と大動脈弁逆流症(AR)を併発しているわけである。マルファン症候群は遺伝子異常による遺伝病であり今のところ治癒の方法はないが、美羽の場合は大動脈疾患のため患部の手術が成功すれば生命の危険はないようだ。
 そのためにベンタール手術が必要になる。ベンタール型手術(大動脈基部置換術)とは、大動脈弁を人工弁で取り替えてしまう手術で、人工血管に人工弁を縫いつけたものを、大動脈の根本(左室の出口)に縫いつけて(その間に冠動脈の出口があるのですが)、冠動脈の出口も人工血管に縫い付けるという大変難しい手術のようです。しかし、生後9ヶ月で拡張型心筋症に加え、完全内臓逆位で単一冠動脈、さらには冠動脈瘤まで併発していた患者のバチスタ手術を成功させ、妊婦のバチスタまでこなした朝田にしてみれば手術そのものは問題ではないはず。
 問題は美羽の血液の不規則性抗体「バーディーバー」である。不規則性抗体「バーディーバー」とはRh型で抗D抗体を持たない特殊な血液のことをいうらしい。A型がA抗体を持ちB型がB抗体を持っているようにRh型でもRh+はD抗体を持っている。D抗体を持たない場合はRh―になり、どちらでもない、つまり「―D―」がバーディーバーというのだそうである。非常に稀な血液型で血液センターでもマイナス80度で冷凍保存した血液がわずかにあるだけだという。男女比率でいうと70%以上が女性で、原因は受胎時に胎児からの抗体感染で生じ易いからということである。AAEとARの手術をしなければ美羽は助からないが、輸血のための血液がない。第5話で朝田はこの危機をどうやって乗り切るのだろうか?
 『医龍』の第2回目のバチスタ手術の際に麻酔医の荒瀬は輸血の代わりに輸液を増やす処置を選択している。大量出血などで循環血漿量が減少すると有効な循環が保てなくなる(出血性ショック)ため、血漿の不足分を一時的に置換する目的で輸液の大量投与が行われることはあるが、輸血の代わりにはならない。予告によると循環停止で手術に踏み切るようだが、最終的にバーディーバーの血液が循環停止限界の40分以内に確保できるかがキーになりそうだ。それにしても触診だけで美羽のARを見抜いた小高七海とはどんな医者なのだろうか?興味は尽きない。
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