ドグラ・マグラ(1) 夢野久作 

 

 夢野久作の『ドグラ・マグラ』は私にとって典型的な積読本であった。角川文庫版の第34版で、発行年月日は平成8年10月10日となっている。まるまる十年書架に埋もれていた計算になる。十年以上も前のことなので、記憶は定かではないが、多分、竹本健治の『匣の中の失楽』を読んだ後で購入したのではなかったか?

 1980年代の後半に本格探偵小説の第三の波の一大ムーヴメントが起き、その影響で、1978年に刊行されたものの長らく絶版になっていた『匣の中の失楽』が講談社ノベルズとして再販されたのが1991年のことである。第三の波の新人たちが登場する十年も前の作品とは思えないほどの新鮮さを感じた。当時、『匣の中の失楽』はアンチ・ミステリィーとして、夢野久作『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』と共に「4大ミステリィ」と呼ばれていたが、『匣の中の失楽』は埴谷雄高が「黒い水脈」として再評価した『ドグラ・マグラ』、『黒死館殺人事件』、『虚無への供物』とひと括りにするにはかなりの無理があるように思う。とはいえ、『匣の中の失楽』が『ドグラ・マグラ』を手にする契機となったことだけは確かである。

 では、何故、『黒死館殺人事件』や『虚無への供物』ではなく『ドグラ・マグラ』だったのか?理由は単純である。当時、文庫で入手できたのが『ドグラ・マグラ』だけだったからである。『黒死館殺人事件』も『虚無への供物』も図書館で借りてはみたものの、旧字体の小さな活字にうんざりして、数ページを読んだだけで返却してしまった。2004年に『虚無への供物』は講談社文庫から新装版が出たので購入し、『黒死館殺人事件』も日本探偵小説全集の第6巻として文庫になっているのを知って購入した。というわけで、『ドグラ・マグラ』が最も積読期間が長く、すっかり変色してしまっているありさまであった。

 『ドグラ・マグラ』は最初の第一行が……ブウウ――ンンンン……という奇妙なカタカナから始まっている。これは作中で主人公とされる青年が手にした作中作と全く同じなのである。作中では「巻頭歌 胎児よ胎児よ何故躍る 母親の心がわかっておそろしいのか」に続いて「その次のページに黒インキのゴシック体で『ドグラ・マグラ』と標題が書いてあるが、作者の名前はない」と描かれている。しかも「一番最初の第一行が……ブウウ――ンンンン……という片仮名の行列から始まっているようであるが、最終の一行が、やはり……ブウウ――ンンン――ンンンン……という同じ片仮名の行列で終わっているところを見ると、全部一続きの小説みたようなものではないかと思われる。何となく人をばかにしたような、キチガイジミた感じのする大部の原稿である」という主人公の印象が綴られている。当然のことながら、このキチガイジミた感じのする原稿について、主人公の青年は、それを示した若林博士に「これは何ですか先生……このドグラ・マグラというのは……」と問うことになる。

 「ハイ。それは、やはり精神病者の心理状態の不可思議さを表現した珍奇な、面白い製作の一つです。当科(ここ)の主任の正木先生が亡くなられますと間もなく、やはりこの付属病室に収容されております一人の若い大学生の患者が、一気呵成に書き上げて、私の手元に提出したものですが……」「要するにこの内容と申しますのは、正木先生と、かく申す私とをモデルにして書いた一種の超常識的な科学物語とで申しましょうか」と若林博士は答えている。

 さらに「一体に精神病者の文章は理屈ばったものが多いそうですが、この製作だけは一種特別でごあいます。つまり全部が一貫した学術論文のようにも見えまするし、今までに類例にない形式と内容の探偵小説といったような読後感も致します。そうかと思うと単に、正木先生と私どもの頭脳を嘲笑し、翻弄するために書いた無意味な漫文とも考えられるという、実に怪奇極まる文章で、しかも、その中に盛込まれている事実的な内容が非常に変わっておりまして、科学趣味、猟奇趣味、色情表現(エロチシズム)、探偵趣味なぞというものが、全編の隅々まで百パーセントに重なり合っているという極めて幻惑的な構想で、落ち着いて読んでみますとさすがに、精神異常者でなければトテモ書けないと思われるような気味の悪い妖気が全編に横溢しております。……もちろん火星征伐の建白なぞとは全然、性質を異にした、精神科学上研究価値の高いものと認められましたところから、とりあえずここに補完してもらっているのですが、おそらくこの部屋の中でも……否、世界中の精神病学会でも、一番珍奇な参考品ではないかと考えているのですが……」と若林博士は続けて説明を加えている。
  

 

 つまり夢野久作の『ドグラ・マグラ』は本編のタイトルであると同時に作中作の標題でもあるという奇妙な二重構造のように見える。中井英夫の『虚無への供物』にも作中作の「凶鳥の黒影」に基づいて密室殺人が起きるという構成がみられる。こうした点だけをとってみても、『ドグラ・マグラ』という作品が後の探偵小説に及ぼした影響は計り知れないものがある。

 しかし、『虚無への供物』の中で描かれる「凶鳥の黒影」は明らかに作中作であるのに対し、『ドグラ・マグラ』における『ドグラ・マグラ』は最初の一行からして本編と完全に一致しているのである。作中作の『ドグラ・マグラ』は「その若い学生は尋常一年生から高等学校を卒業して、当大学に入学するまで、ズッと首席で一貫して来た秀才なのですが、非常な探偵小説好きで、将来の探偵小説は心理学と、精神分析と、精神科学方面にありと信じました結果、精神に異常を呈しましたものらしく、自分自身である幻覚錯覚に囚われた一つの驚くべき惨劇を演出しました。そうしてこの精神病科病室に収容されると間もなく、自分自身をモデルにした一つの戦慄的な物語を書いてみたくなったものらしいのです。……しかもその小説の構想は前に申しました通り、極めて複雑精密なものでありますにもかかわらず、大体の本筋というのは驚くべき簡単なものなのです。つまりその青年が、正木先生と私とのために、この病室に幽閉められて、想像もおよばない恐ろしい精神科学の実験を受けている苦しみを詳細に描写したものに過ぎないのですが」と若林博士は説明しているが、本編のストーリーはまさにその通りに進行して行く。

 これに続く部分で、若林博士は「このドグラ・マグラ物語の中に記述されております問題というものは皆、一つ残らず、常識で否定できない、わかり易い、興味深い事柄でありますと同時に、常識以上の常識、科学以上の科学ともいうべき深遠な心理の現われを基礎とした事実ばかりでございます。たとえば、
 ……『精神病院はこの世の活地獄』という事実を痛切に唄いあらわした阿呆陀羅経(あほだらきょう)の文句……
 ……『世界の人間は一人残らず精神病者』という事実を立証する精神科学者の談話筆記……
 ……胎児を主人公とする万有進化の大悪夢に関する学術論文……
 ……『脳髄は一種の電話交換局に過ぎない』と喝破した精神病患者の演説記録……
 ……冗談半分に書いたような遺言書……
 ……唐時代の名工が描いた死美人の腐敗画像……
 ……その腐敗美人の生前に生写しともいうべき現代の美少女に恋い慕われた一人の美青年が、無意識のうちに犯した残虐、不倫、見るに堪えない傷害、殺人事件の調査書類…
 と作中作『ドグラ・マグラ』の内容をざっと解説しているが、本編の『ドグラ・マグラ』の中に
 「キチガイ地獄外道祭文―― 一名、狂人の暗黒時代――」 面黒楼万児作歌
 「地球表面は狂人の一大解放治療場」九州大国大学精神病科教室 正木敬之氏談
 「絶対探偵小説 脳髄は物を考えるところにあらず」=正木博士の学位論文内容=
 「胎児の夢」
 「空前絶後の遺書」−大正十五年十月十九日夜―キチガイ博士手記
 「◆心理遺伝付録◆……各種実験例」
  その一 呉一郎の発作顛末――W氏の手記による――
  第一回の発作の聴取記録
  第二回の発作の聴取記録
 その◆第二参考としての青黛山月如月寺縁起
 等々が手記や論文や新聞記事や映像記録や縁起など様々な文章が多様な文体で記されている。

 

 

<INDEX・・・・NEXT>    time