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虚無への供物(4) 夢野久作 |
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1918年に第一次世界大戦が終結し、塹壕戦や毒ガスなどで大量の死者を出したヨーロッパに対し、直接第一次世界大戦を経験していない日本はまだ十九世紀的な時代を生きていたといえるのかもしれない。ヨーロッパでは既にキュビズムの時代が終焉し、シュールレアリズムの時代を迎えていた。にもかかわらず日本では、芥川龍之介にして「モーパッサン、ボードレール、ストリンドベリ、イプセン、ショウ、トルストイ」といった19世紀を代表する作家が取上げられる時代だったのである。 |
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| 山田正紀は『ミステリィ・オペラ』の中で「この世の中には異常(アブノーマル)なもの、奇形的(グロテスク)なものに仮託することでしか、その真実を語ることができない、そうすることでしか、その真実を語ることができない、そんなものがあるのではないか。君などは探偵小説を取るに足りぬ絵空事だと非難するが、まあ、確かに子供っぽいところがあるのは認めざるをえないが、それにしても、この世には探偵小説でしか語れない真実と言うものがあるのも、また事実であるんだぜ」と探偵小説作家小城魚太郎に語らせている。この言葉はまさに『ドグラ・マグラ』を評するのに最適なのではなかろうか。 「確かに子供っぽいところがあるのは認めざるをえない」ミステリィが横行していることは認めざるをえないが、中井英夫の『虚無への供物』や夢野久作の『ドグラ・マグラ』や小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』は「この世の中には異常(アブノーマル)なもの、奇形的(グロテスク)なものに仮託することでしか、その真実を語ることができない、そうすることでしか、その真実を語ることができない」作品であることは確かだろう。この傾向は特に中井英夫に顕著であり、彼は結局『虚無への供物』一作しか探偵小説が書けなかったのである。 |
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