ドグラ・マグラ(3) 夢野久作 

 

 笠井潔は『物語のウロボロス』の中で、「『ドグラ・マグラ』における擬似心理学の執拗きわまりない体系的展開は、あくまでもそれが正木という「犯人」の観念であるという点において、作品的必然性を保証されている。「専門の医学と縁の薄い、迷信とか、暗示とかいう問題」を科学的に究明すべく正木は、「『因果応報』もしくは『輪廻転生』の科学的原理……すなわち『心理遺伝』」の仮説を考案し、そして二十年がかりの大実験計画=大犯罪計画を企てる。「心理遺伝」の仮説に結実する擬似心理学的体系はあくまでも、このような背景のもとに構想されているのだし、「キチガイ地獄」の精神医療批判もまた正木のその動機を説明すべきものとして提出されているのだ」と述べた上で、「作者の意図は、ここにおいて明瞭となる。作者は、観念を批判する観念は、それがいかに「科学」の名において自己を正当化しようとも、やはりもうひとつの観念に過ぎないという事態について語ろうと努めているのだ。呉青秀の内面的な正義感は、正木により批判的に対象化される。正木による「科学」的視点は、青秀の自己欺瞞的な内面の外部に位置しているように見える。しかし、青秀という内部の病理を抉り出す正木の心理学もまた、それがいかに「科学」的であろうとも、正木自身においてやはり内面的な心理観念に過ぎない。このように観念は無限循環する。内面もまた、不可避に無限循環していくのだ」と結論づけている。

 笠井は『物語のウロボロス』の前半で、芥川龍之介の「地獄変」と『ドグラ・マグラ』という作品世界の起源あるいは中心に位置している呉青秀のエピソードとを比較し、その類似性を検討しながら、芥川の「地獄変」は「作者芥川の美という観念が、現実的世界の喪失を隠蔽し、それを擬制的に回復するための倒錯の産物であるのだとしたら、「地獄変」に埋め込まれている「芸術−芸術家−芸術作品」という物語装置における系もまた、その総体において観念的倒錯の産物にすぎないというべきなのである」と評している。

 それに対し、笠井は「構成的にほぼ同型の物語を提出しながら、夢野久作の場合は、芥川とまったく異なった視角から問題を展開してしまう」と指摘する。「呉青秀は、楊貴妃の色香にまどわされて国政をおろそかにしている玄宗いさめるため、自ら絞殺した黛夫人の死体を、白骨になるまで順次絵巻物に描いて、それを皇帝に献上し、『その真に迫った筆の力で、人間の肉体の果敢なさ、人生の無常さを目の前に見せてゾッとさせる計画』をたてる。つまり呉青秀は、「忠君愛国」といった倫理的観念に呪縛されて「腐乱美人絵巻」の制作にとりかかるのだが、作者は、この観念的倒錯を次のように幾重にもわったって、執拗に暴きたてていく」というのである。

 「基本的に同型の構図を提出しながら、にもかかわらず存在している夢野久作と芥川龍之介の相違点は、いまや明瞭だろう。夢野は、そこで芥川が「現実的世界喪失の観念的事故回復」という倒錯的劇(ドラマ)を演じていく場所で、正義と言う観念あるいは美という観念の下に隠蔽されているものを容赦なく暴き出していくのだ。つまり呉青秀の正義という観念は、満たされない「変態性欲」という現実的な喪失を、巧妙に隠蔽していくべき倒錯した観念にすぎないという事態が、ここでは徹底的に暴露されていくのである」という笠井潔の指摘は説得力がある。
 

サウンドドックシリーズ

 

 意味不明の『ドグラ・マグラ』と芥川龍之介の「地獄変」を同列に見なすとは何事かというお叱りの声が聞こえてきそうである。純文学と大衆文学とを区別し、常に純文学を上に見てきた日本人の気質もわからないわけではない。しかし、現実として純文学の衰退は明らかだし、現状として日本の文学を支えているのは大衆文学の方である。そもそも「純文学―大衆文学」という構図事態がすでに成り立たないのではないかと感じている。

 例えば宮本輝氏の作品などは、純文学の範疇とされているようだが、明らかに大衆文学寄りの作品が多い。『避暑地の猫』などはミステリィとして読んでも充分に堪能できる作品である。逆に乃南あさ氏の『風紋』や『晩鐘』は純文学に近い作品といえるのではないかと感じている。

 純文学を芥川龍之介のような芸術至上主義的な文学と定義することはもはや不可能なのではないか。こうした点を考える上で、芥川の「地獄変」と夢野の『ドグラ・マグラ』に描かれている呉青秀のエピソードの比較検討は大変意味があると考えている。「地獄変」の絵師良秀は自分の娘が目の前で焼き殺されるときに、満面に「恍惚とした法悦」の表情を浮かべるのである。そのときの良秀の様子を芥川は「その時良秀には、なぜか人間とは思われない、夢に見る獅子王の怒りに似た怪しげなおごそかさがございました」と肯定的に描いている。それに反し、市民の代表として良秀に対置されている「ご縁の上の大殿様だけは、まるで別人かと思われるほど、お顔の色も青ざめて、口元に泡をおためになりながら、紫の指貫のひざを両手にしっかりおつかみになって、ちょうど喉のかわいた獣のようにあえぎつづけていらっしゃいました」といかにも無様に描かれることになる。これが芥川の「芸術―市民(大衆)」の構図であり、十九世紀的な芸術至上主義の観念倒錯でもある。

 「有名な、「人生は一行のボードレールにも若かない」という芥川の言葉(「或阿呆の一生」)が、ここには作品として構成的に再現されているといっていいだろう」と笠井潔が評しているように、大戦間の日本において芥川龍之介はボードレールやモーパッサンといった十九世紀的な芸術観を理想として生きていた。「地獄変」が上梓されたのは芥川の死の前年1926年(大正15年)のことである。1926年といえばアガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』がイギリスで、ヴァン・ダインの『ベンスン殺人事件』がアメリカで出版された年でもある。
 

 

 

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