セブンアンドワイ

 

ハリーポッターがエンディングへ!!(5) 

 

 それと『死の秘宝』ではペチュニア叔母さんの存在も重要になってきそうな雰囲気があります。『不死鳥の騎士団』の冒頭で、ダーズリー叔父さんがハリーを追い出すことを強行に拒んだのもペチュニア叔母さんでした。『不死鳥の騎士団』のラストでダンプルドアは「あやつ(ヴォルデモート)は、その魔法を過少評価してきた。――身をもってその代償を払うことになったが。わしが言っておるのは、もちろん、君の母上がきみを救うために死んだという事実のことじゃ。あやつが予想もしなかった持続的な護りを、母上はきみに残していかれた。今ただ一人の血縁である妹御のところへ、きみを届けたのじゃ」とハリーに告げる。「叔母さんは僕を愛していない」と反論するハリーにダンプルドアは「きみが、母上の血縁の住むところを自分の家と呼べるかぎり、ヴォルデモートはしこできみに手を出すことも、傷つけることもできぬ。ヴォルデモートは母上の血を流した。しかしその血はきみの中に、そして母上の妹御の中に生き続けている。母上の血が、きみの避難所となった。(中略)きみの叔母さんはそれをご存知じゃ。家の戸口にきみと一緒に残した手紙で、わしが説明しておいた。叔母さんは、きみを住まわせたことで、きみがこれまで十五年間生き延びてきたのであろうと知っておられる」と優しく語って聞かせるのです。ハリーの母親リリーの唯一の血縁であるペチュニア叔母さんの役割も大きなものになるに違いありません。
 最終巻『死の秘宝』を読む前に、第一巻『賢者の石』からもう一度シリーズを通して読み直してみることも必要なのではないでしょうか?作者の脳裡には最初から最終巻のラストシーンが頭にあったということですから、そこへ行き着くまでの様々な謎やヒントが個々の作品に含まれているはずです。10年という長い歳月が経過し、各巻の記憶も薄れ始めているに違いありませんから。邦訳を待たれる方はまだ半年もの時間があるのですから、是非『賢者の石』から『謎のプリンス』までの再読をお勧めしたいと思います。幸い第4巻の『炎のゴブレット』までは廉価版のペーパーバックが出版されています。私はといえば“Deathly Hallows”の原書読解のために、第1巻から原書を読み始めています。原書の文章と邦訳の文章の読み比べていると訳者の苦労が良く判りますね。

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 それにしても“Deathly Hallows”の邦題に訳者がかなり苦心したと聞いていますが“hallow”とは本来「清める; 尊敬する, 神聖視する; 神に献げる」という意味の動詞として使われるのが一般的です。名詞として使われる場合は「聖人・聖職者」としか辞書には記載されていません。第5巻”The Order of the Phoenix”の”The Order”は英国の歴史用語で「騎士団」という訳語が辞書にもありますが、“hallow”という言葉は母国イギリスでもめったに使われない単語のようです。”the Deathly Hallows”とは直訳すれば「神に対する死の貢物」ということになるはずです。このタイトルから推測するに、かなりの仲間たちが神の御許に召されることになるでしょう。
 訳者も「『ハリーポッター』10年の思い出!」というインタビューの中で「『死の秘宝』では、J.K.ローリングはほんとうに、ふんだんに、惜しげもなく、たくさんの人を殺してくれました……」と語っているほどなのです。『死の秘宝』と考えると意外な感じですが、「神に対する死の貢物」と解釈すれば、悲しく残念な気はますが、特に意外な感じはしないはずです。
 イギリスには「アーサー王伝説」が根強く生きており、モードレッドとの戦いでアーサー王をはじめ王に従った円卓の騎士の大半も、キャムランの丘で討ち死にしてしまいます。J・K・ローリングもそうした英国の伝統を受け継いでハリーポッターシリーズに幕を下ろそうとしたのかもしれません。また、ハリー・ポッターシリーズには「宗教批判」が付き纏っていました。「ハリーポッターシリーズは魔女・魔法使いの冒険を描いたストーリーであり、児童文学において同様のテーマ(オカルト)を扱った小説が多数出版される原因となった」とされ、大ベストセラーになるにつれて、「神以外に由来する超自然的な力である魔術を罪だとするキリスト教やイスラムの保守派・原理主義者から、『オカルトを助長し魔術を美化する』、さらには『悪魔的で許しがたい邪悪な物語』などと批判を浴び」ることになるのです。「聖書では魔術を罪と明確に定めている」というのです。ファンタジー小説に対して大人気ないと言ってしまえばそれまでですが、それこそが宗教の持つ排他的な根深さなのでしょう。

 

 「アーサー王伝説」にもマーリンという魔術師が登場しますし、『ゲド戦記』のゲドも魔法を使います。『指輪物語』のガンダルフも「灰色の魔法使い」と呼ばれていました。古来ファンタジー小説には魔法使いや魔法は付き物であったはずなのですが、世界的なベストセラーになればこうした悩みも生れるということなのでしょうか?私は作者には最終巻のタイトルに“Hallows”という神聖な言葉を附すことで、そうした批判を少しでもかわそうとする狙いもあったのではないかと推測しています。でなければ英国人でもほとんどしらない『Hallows=秘宝』というタイトルは不自然でしかないでしょう。内容を読まずタイトルだけを目にした人にとっては“Hallows”という単語は「神聖」なものというイメージを与えるに違いありません。それによって少しでも愚かな大人の監視の目をかいくぐり、ひとりでも多くの子供たちに「読書の楽しみ」を知ってもらいたいと願っています。古来から子供たちはそうして成長して来たのですから…
 訳者の松岡佑子氏がインタビューで「たくさんのお母様方から『子供が本を読まなかったのに、ハリー・ポッターだけは読みます』とか、お子さんからも『こんな長い物語を読んだことはなかったけれど、ぼくははじめて読みました』などという声をいただきました。読書の楽しみを再発見させる役割をはたしたというのは、ハリー・ポッターだからこそできたのではないかと思います。(中略)私の心の中では、子供が本を読むようになったということが、一番印象の強い出来事でした」と語っているように、活字離れが進む時代にあって、子供が本に戻ってきてくれたことは大いに喜ばしいことだと私も思っています。「さらに言うなら、大人も子供も一緒に楽しめる本だったというのが不思議な現象でしたね。『親子の会話が成り立った』」ということも今の時代にあってはさらに大切なことなのではないでしょうか。

 

 

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