虚無への供物(1) 中井英夫 

 

 笠井潔氏は『探偵小説論T「戦後探偵小説の内破」』を「戦後探偵小説の墓碑には、「虚無への供物」という暗示的な墓碑銘が刻まれている。巨大な恒星が極点で重力崩壊しブラックホール化するように、『虚無への供物』とは、戦後探偵小説の累積が内破することによって誕生した、一箇のブラックホールなのかもしれない」という大変印象的な言葉で締めくくっている。笠井潔氏にここまで言わせる『虚無への供物』という小説とはいったいどんなものなのだろう?
 『虚無への供物』は1962年に前半第二章までをもって応募した第8回江戸川乱歩賞応募作品である。最終選考にまで残ったものの、受賞は戸川昌子『大いなる幻影』と佐賀潜『華やかな死体』に決まってしまった。太宰治が芥川賞をマルセル・プルーストがゴンクール賞を逸しているように、斬新な作品が時代のアカデミズムに理解されないという不幸な宿命を中井英夫も背負うことになる。
 「乱歩賞に落選した中井英夫の不満や失意は理解できないでもないが、この作品はそもそも、選考委員である江戸川乱歩や荒正人の文学観、探偵小説観では正確に評価できない過剰な現代性をはらんでいたのである。この作品にたいする大下宇陀児や木々高太郎の選評は、選者の批評意識の決して上等とはいえない内実を、夜郎自大に自己暴露したものに過ぎない。受賞作の佐賀潜『華やかな死体』および戸川昌子『大いなる幻影』も、乱歩賞には及第作であるにせよ、『虚無への供物』と同列に論じうる水準の作品ではない。こうした点は三十五年後の今日、もはや疑うことのない文学史的な事実だろう」(『探偵小説論T「戦後探偵小説の内破」』)と笠井潔氏が述べている通りである。
 しかし、中井英夫は「何が不足しているか、己にはこれを原稿用紙の上に実現してゆく力がない。もうほんとうに、涙の出るくらいあがいて、全身を傾けて試みたけれど、やはり、虚無への供物だった。そういいながら、まだもう一度、やってみようという気はしている。五色不動と五色の薔薇とのからみ合った、異様なこの物語は、たとえ何千枚になっても、ライフワークとして取組むほかはない」と自分を励まし、また講談社の迹見富雄氏の励ましを受けながら、翌63年に後半部を書き加え、奇跡的に『虚無への供物』を完成してしまう。そして1964年に塔晶夫の筆名で講談社から刊行されることになるのである。

 『虚無への供物』はアラビクという不思議なゲイバーを舞台として1954年12月10日に幕を開ける。「この当時、――だが、一九五四年という昔の出来事を正確に記憶されている向きも、」いまは少ないであろう。日本流に言って昭和二九年というこの年には、すこぶる陰惨な事件が多く、警視庁の調べによると、年間の殺人事件件数は、未遂を含めて三千八十一件、一日あたりほぼ八件という未曾有の新記録を樹立している。――つまり、このとし、この日本では、それだけの人たちが本気で誰かを殺そうと考え、企み、実際に試みたのである。そればかりではない、この年が特に意味深いのは、たとえば新年早々に二重橋圧死事件、春には第五福竜丸の死の灰、夏は黄変米、秋は台風十五号にさなか出航した洞爺丸の転覆といった具合に、新形式の殺人が次から次と案出された年だからでもある」。
『虚無への供物』は作中の探偵役牟礼田利夫によって「ザ・ヒヌマ・マーダー」と呼ばれるように、氷沼家に次々と起こる殺人事件を題材にして書かれたものである。氷沼家は「昭和九年三月二十一日夜の函館大火で、祖父の光太郎がむざんな焼死をとげたあと、残された三男一女のうち、まず長女の朱美が、広島の原爆で夫と子供(黄司)もろとも爆死し、今度の洞爺丸で、長男の紫司郎・三男の菫三郎夫妻が水に葬られた。――それは確かに、個人的な変死というわけではない、いわば日本の災害の歴史に殉じたともいえるのだが、当の氷沼家にとっては、どすぐろい運命の糸に操られているとしか思えない」と本編冒頭にも記されているように、呪われた一族である。「いま目白の家に生き残っている」のは「四代目の当主蒼司と、その弟の紅司、それに藍ちゃん(藍司)、そして、同居人の叔父橙二郎夫妻」だけである。
 
 ここまでの話だとごくありふれた探偵小説にも見られる設定のように見える。しかし、この小説は最初の死人が出る以前に「……ついこないだ、牟礼田から来た手紙に、大変なことが書いてあったんだ。近いうちに氷沼家には、必ず死神がさまよい出すだろうって」などという予言めいた一文があったりする。さらに、「そりゃ昔の名探偵ならね、犯人が好きなだけ殺人をしてしまってから、やおら神の如き名推理を働かすのが常道でしょうけれど、それはもう二十年も前のモードよ。あたしぐらいに良心的な探偵は、とても殺人まで待ってられないの。事件の起こる前に関係者の状況と心理とをきき集めて、放っておけばこれこれの殺人が行われる筈だったという、未来の犯人と被害者と、その方法と動機まで詳しく指摘しちゃおうという試み」を実践しようとする素人探偵までが、事件前に名乗りを挙げる。
 しかし、「一九五四年十二月二十二日。水曜。その夜、氷沼家は、九月の洞爺丸以来、ふたたび喪章に飾られた」。氷沼家の次男紅司が鎌錠でしっかり内側から閉ざされた浴室で死体となって発見されるのだ。ザ・ヒヌマ・マーダーはまさにここから始まる。この作品には二種類の探偵役が登場する。久生、亜利夫、藍司、藤木田老という野心満々の探偵志願者と、婚約者の久生にフランスから事件を予告したにもかかわらず、帰国してのち「ぼくには探偵の資格がない」とか「ザ・ヒヌマ・マーダーは存在しない」とか、頼りないことを呟くばかりの牟礼田俊夫である。作者は意図的に、前者の探偵たちを軽薄に、後者の真の探偵を沈鬱に描きわけている。
 

 

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