黒いトランク(2) 鮎川哲也(あゆかわてつや)

 

 
 光文社文庫版解説で山前譲氏が記しているところによると、鮎川氏が「推理小説(当時は探偵小説だが)に興味をもったのも大連在住のことだった。ご多分に漏れずシャーロック・ホームズ物に感化されてのことだった。だが、書店にはあまり探偵小説本がなく、隣町の紗河口(さがこう)の図書館まで通って読み耽った。そこで読み尽くすと旅順の図書館まで遠征している。さらには、関東州と満州国の境にある瓦房店(がぼうてん)の小さな図書館まで足を運ぶのだった」。そして、処女作『ペトロフ事件』を書いたのも大連である。
 「あなたの計画を裏づけをしているのは、発着時刻の正確さを誇っている満鉄ですからね」という鬼貫の言葉に表れているのが「進んだ満州」の実体である。時速120kmを超える急行「あじあ」のような列車は当時の日本国内にはまだなかったそうである。時速300kmを超える新幹線が日本国内を縦断する現代の日本からは想像もできないことであった。「乗物による時間トリック」は現代にあっては1分を争うことになるので、正確なダイヤグラムと時刻表が不可欠であるが、それが1940年代の満州にすでにあったということ事態が大変な驚きである。
 『宝石』の100万円懸賞の長篇部門に本名の中川透名義で応募し入選を果たした『ペトロフ事件』では終戦の混乱で当時の時刻表も大連で執筆した原稿も紛失してしまっていたようで、「このときは『週刊新潮』の掲示板を借用して呼びかけ、目白に住むという人から反応があったので、借用させて頂いた。ただしこれは昭和十八年度の発行ではなかったから、それがこのままトリックに利用できるというものではない。作中に用いたのはこの時刻表を参考として、私が勝手に組み立てた架空のダイヤグラムである」と鮎川氏自身が述べている。
 しかし、鮎川哲也はこのことに満足できずに、『ペトロフ事件』の改稿の際に、交通博物館にまで連絡をとって、保存してあった戦前の時刻表を調べるという徹底ぶりを見せている。残念ながら「この時刻表には満州、朝鮮、台湾、北支といった海外部門は巻末に一括して載せられており、当然のことだが支線が省略してあるのだった。(中略)当時の満州には、同じく交通公社の編集で、現地の列車の動きに中心をおいた時刻表が発行されていた。私にはその満州版の十八年度の時刻表が入要だったのである。そうした次第で、折角の機会ではあったけれども私の意図は実現することなしに終わった」のであった。
  けれども光文社文庫版の「著者あとがき」には「私の前に山前譲氏という古本に滅法つよい青年が現れて、立ち所に時刻表とハルピン及び大連の市街地図を手に入れ提供してくれた」と記されており、光文社文庫版には正確な昭和十八年の時刻表とハルピンと大連の市街地図が併せて掲載さているのである。ここまで本物の時刻表に拘った鮎川氏の姿勢には正直頭の下がる思いがする。このエピソードひとつを取上げても氏の推理小説はよりフェアであるべきという姿勢が充分に感じられるのである。
 光文社文庫版の巻末エッセイの中で二階堂黎人氏が「論理の厳密性とフェア精神に裏打ちされ、ゲーム精神に基づく遊び心に満ち、優れたトリックに貫かれた氏の芸術的な作品群がなければ、本格推理小説という先鋭的で特化的なジャンルは、もしかして、今、この世から完全に消え去っていたかもしれない」と述べているが、まさにその通りだと思う。
 鮎川氏自身も綾辻行人『十角館の殺人』の講談社文庫版解説で「本格ミステリィは書く上でかなりの困難を伴う。作者はつねにフェアでなくてはならない。大切なデータを伏せておいて、犯人は彼でありましたというようないい加減な作品を書いたのでは非難の集中攻撃をうける。また、先人が考案した手を失敬して自作に用いることは恥ずべきものとされている。読者の軽蔑を買わぬためには、知恵を絞って新たな手段を考え出さなくてはならない。こうしたタブーの他に、読者をだまくらかすためのあの手この手を考えることも必要だ。しかもそうしたテクニックは、たとえ自作のなかにでも二度と使うわけにはいかない」と記している。
 鮎川哲也といえば『黒いトランク』に代表される「時刻表トリック」と「死体移動トリック」ばかりが注目されがちであるが、実は『ペトロフ事件』と『黒いトランク』の間に「赤い密室」という「密室トリック」と「バラバラ死体」を扱ったすぐれた短篇も書いていることはあまり知られていないようである。また、「矛盾する足跡」という雪の上に残された足跡をめぐる謎を描いた作品なども発表している。
  二階堂氏は先のエッセイの中で「短編『赤い密室』に代表される名探偵・星影龍三シリーズの方は、いわゆる《館物》の先駆的存在と見なすことができる。とくに『リラ荘事件』は、美術家を標榜する学生サークル内の連続殺人事件という設定と、各殺人ごとの巧妙なトリックという構図が、後の新本格推理作家たちの小説世界に大きな影響を与えた」と述べ、「私を含め、北村薫、山口雅也、有栖川有栖、芦辺拓その他、多くの後輩作家が師事を表明している鮎川哲也の存在感は圧倒的である。故に、氏がいたればこそ、今日の本格シーンの隆盛があったと言っても過言ではないのだ」という賛辞を送っている。
 また西澤保彦氏も講談社ノベルズ版の『解体諸因』のあとがきで、江戸川乱歩などの猟奇趣味から遠く離れた合理的解決に至る「『赤い密室』の体験ですっかり「解体もの」に昔とは一八〇度違うイメージを焼き付けられた」とも述べている。
 このような意味で日本においての本格探偵小説の創始者は江戸川乱歩であるが、晩年猟奇趣味やや怪奇趣味に耽溺した乱歩氏とは異なり、本格の流れとエッセンスをしっかりと受けとめ、現代の本格ミステリィへと正しく継承し、すぐれた本格新人作家たちに多大な影響を与え、育成した功績は鮎川哲也氏によるところが非常に大きかったというべきであろう。
 鮎川作品が一般に馴染みがないのは、作品の文庫化が遅かったためではないかと思っている。鮎川作品が本格的に文庫化されたのは氏が2001年に「本格ミステリィ大賞」の特別賞を受賞してからのことのようである。現在に至っても『赤い密室』の星影龍三シリーズは依然として文庫化されてはいない。『黒いトランク』に代表される鬼貫警部シリーズは2001年から光文社文庫と創元推理文庫などで復刊している。そして、今年(2007年)からようやく星影龍三シリーズがやはり光文社文庫で復刊が始まったのは読者にとっては幸いであろう。
 私が所蔵する鮎川哲也作品はすべて古本である。殊に『赤い密室』においては昭和48年刊行のサンケイノベルスなのである。第三の波の一大ムーヴメントが起こり、綾辻行人・法月綸太郎・我孫子武丸等の小説が90年代から文庫で読まれていたことを思うと残念でならない。氏自身が晩年、アンソロジーなどの編集に積極的に携わってはいたが、作品の発表がなかったことも原因だとは思う。また先のサンケイノベルスのあとがきで「今の私には密室物や鉄道物を書きたい気持ちはなく、今後とも創作する機会はあるまいと思う」と自ら宣言している。これは氏の「読者をだまくらかすためのあの手この手を考えることも必要だ。しかもそうしたテクニックは、たとえ自作のなかにでも二度と使うわけにはいかない」という氏の信念を堅持し続けた結果であろう。
 1980年代以降も作品の発表はあるが、ほとんどが短編で後に北村薫がテーマに取上げ成功をおさめる「日常の謎」の解明といった作風が顕著となる。これらの作品も鮎川哲也の没後の2002年以降に創元推理文庫などで復刊されている。
 『ペトロフ事件』『黒いトランク』で松本清張の時刻表トリックに先行し、後のトラベル・ミステリィの原点とされた鮎川哲也は、その後も『リラ荘事件』で新本格の旗手として注目された綾辻行人等の手本となり、『赤い密室』では西澤保彦等に多大な影響を与えている。また、後期作品では殺人事件が扱われない「日常の謎」はやはり後の北村薫などに少なからぬ影響力を及ぼしていることは間違いない。
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