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アガサ・クリスティ(5) |
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| 警察が組織化され力を持っているなら、こうした矛盾は当然明らかにならざるをえない。後に警察小説という新しいジャンルを生み出すことになるポオの母国アメリカでは、こうした矛盾は容認されなかった。従って、ヴァン・ダインはファイロ・ヴァンスという探偵をエラリー・クイーンは犯罪研究家としてのクイーンを創造し、状況証拠を積み重ねるアームチェア・ディテクティヴを警察と対置させることになる。その一方、イギリスでも警官を探偵役としたクロフツが登場している。クロフツのデビュー作『樽』の発表も『スタイルズ荘の怪事件』と同じ1920年であるから、クロフツはシャーロック・ホームズではなく「スコットランド・ヤードですよ」と即答したに違いない。クロフツ作品に登場するジョン・フレンチはロンドン警察(スコットランド・ヤード)の主任警部として描かれているからである。先にメアリーの問いが興味深いと書いたのはこうした意味も含んでのことである。同世代の作家としてクロフツはクリスティ女史の作品をどう感じていたのだろうか?興味のあるところである。 都筑道夫氏が「黄色い部屋はいかに改装されたか?」というエッセイの中で「イギリスでは警官の名探偵がおとろえないのは、いまだに個人プレイが多いせいです。実際がそうであるのか、それとも、野暮をいう読者がいないのか、そのへんはよくわかりませんが、地方の市町村で起こった事件に、スコットランドヤードが応援を派遣する、という状況設定が多い。警部が自分ひとりか、または部長刑事ひとりぐらいをお供につれ、出かけていく。地方警察の署長と連絡はときどきとるけど、捜査のあいだは個人プレイです」と述べているように、こうした設定はイギリスでは黙認される傾向にあるようだ。コリン・デクスターのモース警部も同様である。 |
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| 遥かな海を隔てた日本でも松本清張の『点と線』や鮎川哲也の『黒いとランク』などに多大な影響を与えたF・W・クロフツも本国の庶民の間ではコナン・ドイルやアガサ・クリスティの圧倒的なパワーの前に屈していた時代があったようである。コリン・デクスター自身が、尊敬するミステリィ作家は「アガサ・クリステーとジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)」と1981年4月《ミステリマガジン》300号記念のアンケートに答えているが、コリン・デクスターはモース警部を主人公とする連作長編で有名であるように、明らかにホームズやポワロより、クロフツの影響下に育った作家であるように見える。ただ、モース警部自身のキャラクターとしては、足を使って証拠を集めて廻るフレンチ警部より、アームチェア・ディテクティヴを好むホームズやポワロに近いのかもしれないが… 嫌いだ嫌いだといいながら何故『スタイルズ荘の怪事件』を読むことになったのかといえば、たまたま古本屋の50円市でみつけたからである。それとクロフツの『樽』と同年に発表された長編の本格探偵小説だったことである。そして実感したことは、やっぱりアガサ・クリスティの小説だったということだった。それほど期待して読んだわけではなかったが、やはり他作品同様にイライラしたし、恋愛にまつわるシーンの過剰さには閉口せざるを得なかった。それでも名探偵ポワロのデビュー作であり、彼が元ベルギーの警察官であったというような出自がわかったことは収穫であった。また、『アクロイド殺し』の再読のきっかけになったことも確かである。叙述トリック作品である『アクロイド殺し』は読み返す度に新たな発見がある。既に犯人は判っているのだが、作者クリスティが読者をいかに惑わそうとした表現を駆使しているかがよく判る。わざと曖昧な表現を使ったり、肝心な部分を隠したりするのはまさに女性の得意技なのであろう。昔「私は嘘はつかないけど、隠し事はいっぱいあるわよ・・・」と言っていた女の子がいたことを思い出したほどである。 ちなみに『アクロイド殺し』の叙述トリックには前例が2作もあるらしい。スウェーデンの作家、サムエル・アウグスト・ドゥーゼが一九一七年に発表(一九二二年独訳)した『シミルノフ博士の日記』とハンガリイ生まれの作家、レオ・ペルツが一九二三年にミュンヘンで発表した長篇、『裁きの日の主』であると都筑氏が先のエッセイの中で指摘している。 |
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| とはいえ、『スタイルズ荘の怪事件』でもストリキニーネ入りの強壮剤に臭化カリを加えることで、ストリキニーネが無色透明な沈殿物となることや、犯人が一事不再理を利用して罪を逃れようとするトリックはデビュー作とは思えないほど巧みに構成されていると評価しなければなるまい。ただ、本格探偵小説の楽しみが謎解きのカタルシスにあると定義するなら、やはりアガサ・クリスティの作品にはどうもすっきりしない部分が残ることは否定できないだろう。また、「後期クイーン的問題」を経た現在にあってはポワロの神がかった推理もデイビッド・スーシェの演技さながらに滑稽にすら感じられる。総じてベストセラーはどうも玄人受けはしないようである。逆説的に言えば玄人受けする本格探偵小説はベストセラーにはなりずらいということでもある。 イギリスのグラナダ・テレビ制作で世界70カ国以上で真のシャーロック・ホームズと絶賛されたジェレミー・ブレット主演のシリーズも有名だが、名優デビッド・スーシェ演じる「名探偵ポワロ」は、スカパーの「もう一度見たい!『20世紀のテレビ』ベスト1000」海外ドラマ部門で堂々の第4位に選ばれたというほどの大人気を博している。TV世代に育った私たちにとって、シャーロック・ホームズといえばジェレミー・ブレット、ポワロといえばデビッド・スーシェを思い浮かべるに違いない。幸いシャーロック・ホームズはドラマを見る前に全作を読んでいたが、アガサ・クリスティ作品はそのほとんどを映画やTVで先に見てしまった。犯人が判っているミステリィを再読する人が少ないように、映画やTVドラマを見て犯人が判っているミステリィ作品を改めて読む気にもならず、正直クリスティの作品はほとんど読んでいなかった。例外は先の『アクロイド殺し』と『ABC殺人事件』との2作であった。 |
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