優しい時間(3)

 

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かつての同僚河合が、勇吉に会社に戻らないかと誘いに来た時、
勇吉「コーヒー屋も仕事だが他にも仕事があるんですよ」
間。
河合「――何かやってるのか」
勇吉「――ああ」
河合「そうじゃないかと思ってた。お前がコーヒー屋でおさまる筈はない。何をやってるンだ」
勇吉「ふり返るという仕事をね」
河合「ふり返る?」
勇吉「うむ。――これまでの自分をふり返るという仕事をやってるンです」
間。
河合「どういうことだ」
勇吉「河合君」
河合「ああ」
勇吉「今朝君のご家族にお遭いして、――失礼だが色んな感想を持ったよ」
河合「――どういう」
勇吉「そうだな。――昔の自分を見ている気がした」
河合「どういうことだ」
間。
勇吉「俺もああいう時代がありましたよ。たまの休暇を免罪符みたいに、家族サービスに旅行に出て、女房や息子のよろこぶ顔を見て、――彼らが本当によろこんでいるのかどうか、そんなことまで知ろうともしなかった」
勇吉「ここにいていろんな旅行者を見ていて、――殊に予行する家族を見るとね、色んなことを考えさせられますよ」
河合「――」
勇吉「家族は本当に夫が、おやじが、嬉しそうにしている自己満足の顔を見て、そのことでホッと安心しているンじゃないのか」
間。
勇吉「今日自分、ある人に、お前は息子を一度でもちゃんと、本当に見てやったことがあるのかと云われました」
河合「――」
勇吉「答えることが出来ませんでした」
間。
勇吉「俺の今、これからやりたい仕事は、――世界を相手にすることじゃなく、小さな周囲を見つめる仕事です」
河合「――」
勇吉「家族であるとか、友人であるとか、――ごくごく小さな自分の周囲をね」
河合「――」
勇吉「大変なンだよこの仕事は河合君。だからね」
河合「――」
勇吉「もうあの世界に戻る気はないんです」
と勇吉は応えるのである。
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